沖縄のまつり

夏の終わりに、沖縄の踊り「エイサー」のまつりにいってきた。
毎年、豊田スタジアムで行われているものだ。同行者・沖縄出身の
友人ちひろは、好物のビールを傾けながら、懐かしそうにそれをな
がめ、何も知らない私に、いろいろガイドをしてくれた。

エイサーは、沖縄のいわば盆踊りだ。お盆の時期、現世へ舞い戻
り、彼岸へ帰りたがらないご先祖様の霊魂を、太鼓・かけ声でおど
かして(そんなランボーな・・)戻してあげる、というものだそう
な。確かに、何人もの若者がうち叩く太鼓のナマ音は、五臓六腑に
ずーんと響き、しみわたる。これならご先祖様も、そそくさと持ち
場に帰っていくんだろうと感じた。

よっぱらいガイドは言った。
「あの音は、自分の心の中の『鬼』を追い出してくれるんだよ」
確かにその音には、鬼ですら落ち着いちゃいられないだけのド迫力
がある。同時にその音からは、沖縄の人の、郷土を想う愛が感じら
れる。だから鬼は「くそー、覚えておけ!」ってな感じではなく、
「しょうがねえなあ・・」の気持ちで出てくのだろう。

愛を感じる・・・そのことは、ちひろの言葉から明確になってい
った。
「沖縄では、保育園の頃からエイサーをやるの。『沖縄全島エイサ
ーまつり』っていうのが毎年あって、そこで沖縄じゅうのエイサー
が見られる。まつりは朝方まで続くんだけど、だーれも帰らないん
だよ。みんな朝までいるの。最後に「カチャーシー」といって、見
てる人も一緒になって躍るのがあって、みんなそれを今か今かと待
ってる。その時がくると、ドーってみんな躍り出す。それで、まつ
りのあとは、誰かの帽子とか、カバンとか、ポケットからこぼれた
お金とかがいっぱい落ちてるの」

人々がそれほどまでに狂喜乱舞する踊りがあるなんて、ああ、な
んとうらやましいことか。踊りへの愛、郷土への愛が、そこにある
ように思えた。

わがふるさとにも「土岐の陶器か、陶器の土岐か〜」で始まる
「土岐音頭」というのがある。でもその盆踊り大会は、町内会のお
じさんのアナウンスで9時には帰された。
そもそも本島の盆踊りは(少なくとも我が地元のものは)夏の娯
楽の域を出ていない。「先祖の霊魂に帰ってもらいましょう」とい
うような精神性を学ばぶことなく、せいぜい数回の体育の授業で、
ふりつけを覚える程度で、多くの人が大人になったと思う。

もう何十年も躍っていない「土岐音頭」。もしまた躍ることがあ
ったら、エイサーを躍っていたあの人達みたいに、愛を躍れるだろ
うか、朝まで(小銭こぼしながら)踊り続けられるんだろうか・・。
それって、大人の「郷土愛テスト」だな。

そんなことを思った一夜。それにしても「よそ者」ながら、ちひ
ろに手を引かれて参加した総おどり「カチャーシー」は、楽しかっ
たなあ。

(2010.08.30 Vol.186)

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